デカメロン10選その1【チモネの目覚め】|愚か者が恋で賢者になる中世の名作短編
◆『デカメロン』とは?
『デカメロン(Decameron)』は、14世紀のイタリアでジョヴァンニ・ボッカッチョによって書かれた短編集です。
1348年、フィレンツェで猛威をふるった**黒死病(ペスト)を逃れて田園に集まった10人の若者たち(7人の女性と3人の男性)**が、10日間にわたって毎日物語を語り合うという枠組みで、全100話が語られます。
物語の内容は、恋愛、機知、裏切り、欲望、聖職者の偽善、貧富の格差など、まさに人間の本質を照らし出す鏡のよう。
滑稽で笑える話もあれば、胸を打つような純愛もあり、700年前に書かれたとは思えないほど生き生きとした人間ドラマが詰まっています。
その中でも人気のあるお話を10選お届け、今回は1つ目です。
愚か者が恋で賢者になるとき ―― 「チモネの目覚め」
フィレンツェの裕福な家庭に生まれた**チモネ(Cimone)**は、勉学をまったく解さず、親の嘆きをよそに遊びと快楽に溺れる若者だった。読み書きもできず、知識も持たず、ただ金と暇に任せて日々を浪費していた。
そんなある日のこと。通りを歩いていたチモネは、ふと窓辺に立つ一人の若き女性の姿を目にする。彼女の名前はソフィア(Sofia)。気品と美しさに満ちた娘で、まるで天から差し込む光のような存在だった。

その瞬間、チモネの心に雷が落ちる。
「この女性にふさわしい男になりたい――!」
それは彼にとって、生まれて初めての“志”だった。
彼は自らラテン語の書を手に取り、読み方も知らぬまま、必死に学び始めた。周囲の者は驚き、やがて尊敬の眼差しを向けるようになる。やがて彼は読み書きを覚え、哲学を語り、礼儀をわきまえた知識人として成長していった。

しかし、ソフィアの父は彼の過去を快く思っておらず、チモネに娘を与えることを拒む。そして彼女は他の男と結婚させられてしまう。
絶望したチモネは、衝動的にソフィアを略奪しようとして捕まり、投獄されてしまう。

月日が流れ――
夫を亡くし、未亡人となったソフィアがフィレンツェに戻ってきたとき、チモネはもはや過去の愚かさを完全に脱ぎ捨てた、立派な男となっていた。
彼女の心にも、かつての無垢な愛と真摯な努力の日々が刻まれていた。
そして今度は、正しい形で、ふたりは結ばれる。

晴れやかな日の教会で、ふたりは手を取り合い、正式に結婚する。
それは「愚かさ」が「誠実さ」に変わり、「情熱」が「知恵」に昇華した男の、長い旅路の終着点だった。
■ この物語に込められた意味
恋は人を愚かにもするが、同時に人を最も高貴な存在へと変える。
『デカメロン』の第1話がチモネの物語で始まるのは、実に象徴的です。
ボッカッチョは「人間は変われる」ことをこの話で証明しようとしています。しかもその原動力は――恋という、理屈では説明できない情熱。
チモネは恋によって無知の殻を破り、努力し、失敗し、それでも諦めず、ついに真の愛を手にします。
諦めない心と相思相愛、そして純愛が生んだ奇跡ですね。