鬼女紅葉とは何者か?都を追われ鬼となった美しき女官の悲劇
その昔、平安の世にひとりの女性がいました。
彼女の名は紅葉(もみじ)――。
都の光を浴びて咲いた花は、やがて山奥で炎と化すことになります。これは都を追われ、鬼となった美しき女官の伝説です。
女官・紅葉、都での華やかな日々
紅葉は、かつて京の都で仕える女官でした。
容姿は非常に美しく、まるで秋に映える紅葉のようだと、人々は口を揃えて讃えたといいます。
美しいだけでなく、和歌や琴の才にも恵まれ、聡明で心優しい紅葉は、やがて貴族たちの間で話題の的となり、ある高貴な人物の寵愛を受けるようになります。
しかし、都という場所は、栄える者に対して常に影を落とすものでもありました。
紅葉の評判が高まるにつれ、嫉妬と陰謀の声が渦巻いていきます。
ある日、紅葉は突然、「陰陽道に通じ、呪詛を行った」という罪を着せられ、都から追放されてしまいました。
その理由は明らかではありませんが、彼女を陥れた者がいたことは間違いないと語り継がれています。
◆ 山奥・鬼無里へ――孤独と絶望の果てに
紅葉がたどり着いたのは、**信濃の国、鬼無里(おにがなし/きなさ)**という山深い土地でした。
冷たい風が吹きすさぶ山中で、彼女は庵を結び、身を隠すようにして暮らしていたといいます。

京の華やかさとはまるで異なる、厳しい自然のなかでの日々。
人々に裏切られたことへの悲しみ、信じていたものを失った怒り。
それらが紅葉の心に、少しずつ、しかし確実に影を落としていきました。
やがて彼女は、陰陽道や修験の力を独学で学び、妖術を身につけていったと伝えられています。
その姿は徐々に人ならぬものへと変わり、いつしか「鬼女」と呼ばれるようになりました。
◆ 火を操る鬼女・紅葉の噂
紅葉は、庵に迷い込んだ旅人を迷わせたり、里に災いをもたらしたりしたとされます。中でも語り草となったのは、火を自在に操る術を使ったという話です。
ある秋の日、里人たちが紅葉の庵近くを通りかかったところ、山全体が赤く燃えるように紅葉し、火の海のように見えたといいます。
それはまるで、紅葉の怒りが燃え上がっているかのようでした。
人々は恐れおののき、やがてその噂は京の朝廷へと届きます。
◆ 平維茂、鬼女退治に赴く
朝廷は、山奥に住まう鬼女の話を聞き、討伐の命を下します。
派遣されたのは、名高き武将、**平維茂(たいらの これもち)**でした。

維茂は兵を率いて信濃の地へ赴き、紅葉の庵を包囲します。
紅葉もまた、妖術を駆使して応戦しました。火炎を巻き起こし、兵士たちを翻弄したとも、空を舞い、風を操ったとも伝えられています。
戦いは激しく、山は火の海と化しました。
ですが、ついに維茂は鬼女紅葉を討ち取り、騒動は終息を迎えます。
◆ 最期に見せた人の面影
紅葉が最期に見せたのは、一筋の涙だったとも、「人を信じたのが過ちでした」と呟いたとも語られています。

その姿には、もはや妖怪ではなく、傷ついた一人の女性の面影があったと伝えられています。
◆ 鬼無里に残る伝説
今でも長野県長野市鬼無里には、「鬼女紅葉塚」や「紅葉の滝」など、彼女にまつわる地名や遺跡が残されています。
地名の「鬼無里(おにがなし)」も、「ここに鬼がいたが、今はもういない=鬼を退けた地」とする説があり、紅葉伝説と深く関わっていると考えられています。
また、秋になると山々が真っ赤に染まり、まるで紅葉の魂が燃えているかのような美しさを見せるとも言われています。
◆ 鬼女紅葉が語るもの
紅葉は、ただ人を脅かすだけの妖怪ではありません。
むしろ、理不尽な仕打ちによって人間から妖怪へと変わってしまった女性の象徴です。

彼女の物語には、嫉妬、裏切り、孤独、復讐、そして哀しみといった、人間が抱える深い感情が色濃く表れています。
現代の私たちにとっても、「紅葉」の姿は――もしかしたら誰かの内面にもひそむ鬼の一面なのかもしれません。