バーバ・ヤーガはワシリーサだけじゃない|複数の昔話に現れる“境界の魔女”の正体
ロシアをはじめとするスラヴ圏の民話に、ある奇妙な魔女が登場します。
名前は バーバ・ヤーガ(Baba Yaga)。
森の奥深く、鶏の脚で立つ小屋に住み、杵と臼に乗って空を飛び、入り口には人間の骨でできた柵──その頭蓋骨には、闇夜でも光る火が灯ります。
今日はバーバ・ヤーガを深堀していきます。
現代の絵本や創作作品では、
「ワシリーサと魔女」の物語で知られているため、
“バーバ・ヤーガ=ワシリーサの敵(または試練の魔女)”
と思われがちですが、じつはそれだけではありません。
彼女は複数の民話世界を横断して現れ、物語ごとに役割を変える存在なのです。
■ バーバ・ヤーガは「単体の登場人物」ではなく“概念”に近い

スラヴ民話では、特定の主人公を中心にした一本の物語より、
同じ人物や存在が違う話で何度も登場する民話構造が多く見られます。
日本で例えるなら──
- 山姥
- 天狗
- 鬼
これらがひとつの物語に閉じず、多くの昔話に姿を変えて現れるのと近い形です。
■ バーバ・ヤーガが登場する代表的な物語
① ワシリーサと魔女(Vasilisa the Beautiful)

最も有名な作品。
継母にいじめられる少女・ワシリーサがヤーガのもとへ試練を受けに行き、人形の助けと賢さで乗り越える物語です。詳しくはコチラ
ここではヤーガは乗り越えるべき課題の象徴として登場します。
② マリア王女(Maria Morevna)
不死王コシチェイに囚われた王女を救う英雄譚。
旅の途中でヤーガの小屋に立ち寄り、知識や助言を授ける守護者的役割を果たします。
敵ではなく、むしろ案内人に近い存在です。
③ 火の鳥とイワン(Ivan Tsarevich and the Firebird)
いくつかの系統で、主人公イワンはヤーガのもとを訪ねることになります。
ここでも彼女は異界の知恵を司る者として登場します。
④ 子どもを食べる魔女型の民話
もっと古い層では、バーバ・ヤーガは捕食者・脅威。
ヘンゼルとグレーテルの魔女に似た位置付けです。
この姿が、後の「北欧圏に伝わる魔女像」の原型となったとも言われています。
■ なぜ役割が変わるのか?──“境界の魔女”という正体

バーバ・ヤーガの解釈は研究家によって様々ですが、
よく語られる仮説がひとつあります。
彼女は「この世とあの世をつなぐ境界の存在」。
民話において、境界にいる存在は
善悪どちらでもなく、試す者であり、通過儀礼を司る者です。
- 道に迷った者には脅威
- 準備ができた者には知恵
- 試練を越えた者には力
──という構造です。
ワシリーサが「良い魔女に見える」のは、
彼女が資格を持った主人公だったからとも言えるでしょう。
■ まとめ:バーバ・ヤーガは「魔女」ではなく「試す存在」

| 物語の種類 | 役割 |
|---|---|
| ワシリーサ型 | 試練を与える存在 |
| マリア型 | 導き手・知恵の提供者 |
| 英雄譚型 | 異界の案内人・門番 |
| 古層型 | 子どもを脅かす捕食者 |
つまり──
バーバ・ヤーガは悪なのではなく“境界に立つ試練そのもの”。
どの物語でも変わらないのはその立ち位置。
ワシリーサだけが例外ではなく、
ワシリーサの物語こそが、彼女の持つ役割の「一面」にすぎないのです。










