戦争はなぜ起こるのか?昔話から考える争いの本当の理由
戦は、なぜ起こるのでしょうか
――昔話の外にある、もうひとつの理由
むかしむかし、と物語は始まります。
国があり、人がいて、それぞれの暮らしがありました。
ある日、争いが起こります。
悪い王がいたからでしょうか。
乱暴な民族だったからでしょうか。
それとも、人は争う生き物だからでしょうか。
昔話では、そのように語られることが多いです。
けれど現実の戦争は、もう少し静かに始まります。
戦は「悪意」から始まるとは限りません
多くの人は、戦争を望んでいません。
兵士になる人も、畑を耕す人も、子どもを育てる人も、本当は同じです。

それでも戦は起こります。
なぜなら戦争は、「誰かの怒り」ではなく、
逃げ道が少しずつ消えていく仕組みから生まれることが多いからです。
ひとつ目の理由:足りなくなると、人は外を見るようになります

食べ物、土地、資源、仕事。
これらは、足りているうちは分け合うことができます。
しかし足りなくなると、人は考え始めます。
「向こうには、まだ残っているのではないか」
昔話の多くで、争いは「奪う話」から始まります。
それは偶然ではありません。
ふたつ目の理由:守ろうとするほど、疑われてしまいます

ある村が、自分たちを守るために柵を立てました。
ところが隣の村は、こう思います。
「攻める準備ではないだろうか」
そこで向こうも柵を高くします。
その繰り返しが、いつの間にか戦につながっていきます。
誰かが特別に悪いわけではありません。
ただ、疑いが疑いを呼んだだけなのです。
みっつ目の理由:戻ることが許されなくなります

争いは、最初から大きなものではありません。
最初は小さな一歩です。
強い言葉を使い、
少しだけ武器を持ち、
少しだけ相手を悪く言います。
しかし戻ろうとすると、こう言われます。
「ここまで来て、やめられるか・・・!!」
こうして、正しいかどうかよりも、
引けるかどうかが問題になってしまいます。
よっつ目の理由:物語が人の心を包みます

戦の前には、必ず物語が語られます。
- 正義のための戦
- 生き残るための戦
- 運命に選ばれた戦
物語は人を勇気づけます。
同時に、疑問を持つ心を眠らせてしまうこともあります。
正義とは、命の重さとは、いつも生活で身近に聞く言葉が、そのまま争いの道具と化していくのです。
昔話では、悪者は最初から悪い顔をしています。
しかし現実では、そうとは限りません。
戦は「選ばれた」のではありません

戦争は、誰かが積極的に選んだ結果というより、
ほかの選択肢が消えていった結果であることが多いです。
話し合いが壊れ、
信頼が薄れ、
負けを認める場所がなくなります。
そして気づいたときには、
「戦うしかない」ように見えてしまいます。
だから、昔話は今も役に立ちます
昔話は、私たちに教えてくれます。
- 急いで悪者を決めてはいけないこと
- 強さを誇る者ほど、滅びやすいこと
- 争いは、たいてい誰も幸せにしないこと
戦は、特別な人が起こすものではありません。
普通の人が、普通の理屈で、追い詰められたときに起こります。
おわりに

もし昔話の登場人物たちが、
あと一晩、火を囲んで話し合えていたらどうでしょう。
もし「引く」ことが、恥ではなかったなら、
物語は違う結末を迎えていたかもしれません。
戦がなぜ起こるのかを知ることは、
未来の物語を、少しだけ書き換える力になります。
むかしむかし、だけの話ではないのです。









