亀の娘と豆の小人|ギリシャ民話に残る、王を追放した不思議な物語
海で助けた亀は、美しい娘となって漁師の妻になります。やがて王の無理難題に対し、亀の母が遣わした豆ほどの小人が現れ、国の運命を変えていく――19世紀ギリシャ民話に伝わる不思議な物語。
海に面した小さな村に、貧しい漁師が暮らしていました。
ある日、漁を終えて浜を歩いていると、岩の割れ目に一匹の亀が挟まっているのを見つけました。
動けずにいるその亀を見て、漁師は迷わず両手で抱え、
そっと海へ返してやりました。

亀は一度だけこちらを振り返り、
静かに波の中へ消えていきました。
その夜、家の戸を叩く音がしました。
扉を開けると、そこには
月の光を受けたような美しい娘が立っていました。

「私は、あなたが助けてくれた亀です。
どうか、あなたの妻にしてください」
漁師は驚きましたが、
その声には不思議な落ち着きがありました。

こうして二人は夫婦となり、
貧しくも穏やかな日々を送るようになりました。
王の横恋慕

やがて、漁師の妻の美しさは村の外にも知られるようになりました。
海の光をまとったようなその姿は、
人の心を強く惹きつけたのです。
その噂は、ついに王の耳にも届きました。
王は漁師の妻を一目見たとき、
その美しさに心を奪われました。
「なぜ、あの女が貧しい漁師の妻なのだ」
王はそうつぶやき、
やがて邪な思いを抱くようになりました。
あの美しい妻を手に入れるためには、
まず漁師を遠ざけねばならない――
そう考えた王は、漁師を城へ呼びつけたのです。
王の無理難題
王は高い玉座から漁師を見下ろし、こう言いました。

「三つのことを命じる。
すべて成し遂げられねば、命はない」
王の出した条件は、どれも不可能と思えるものでした。
- 穴のあいた籠で水を運べ
- 裸でありながら、服を着て来い
- 何も持たず、しかし何かを持って現れよ
漁師は、
これが嫌がらせであることを悟りましたが、
逆らうことはできませんでした。
亀の母
家へ戻り、すべてを打ち明けると、
妻はしばらく黙り込み、やがて静かに言いました。
「これは、私の力では解決できません。
海の底にいる、私の母に頼みましょう」
その夜、
波の音とは異なる、低く重い声が家の外から聞こえてきました。
床に、一粒の豆が転がり落ちます。

豆は音を立てて割れ、
そこから豆ほどの小人が飛び出しました。
「やれやれ……
王様が、越えてはいけない線を越えたようだな」
小人はそう言い、
自分を豆ちゃんと名乗りました。
雄鶏に乗る裁き
翌朝、豆ちゃんは狂暴で邪悪な雄鶏の背に乗り、
漁師とともに城へ向かいました。

王の前に出ると、豆ちゃんは甲高い声で笑いました。
「他人の妻に手を出そうとする王に、
国を治める資格はない」
次の瞬間、
豆ちゃんは雄鶏を蹴り、王の顔へ飛びかかりました。
そして、王の両目を突いたのです。

「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!!!!!」
王は悲鳴を上げ、床に倒れました。
視力を失った王は、
もはや玉座に座ることもできず、
そのまま城から追放されました。
王の交代
豆ちゃんは、震え上がる家臣たちを見回しました。

「次の王を決めろ。
さもなければ、お前たちも同じだ」
家臣たちは恐れ、
漁師を新しい王として迎え入れました。
その後
漁師は王となってからも、
決して驕ることはありませんでした。

弱い者を守り、
私欲のために権力を使うことのない国を治めたといいます。
亀の娘は人の姿のまま王妃となり、
再び海へ戻ることはありませんでした。
豆ちゃんは、役目を終えると雄鶏とともに姿を消し、
二度と人前に現れることはありませんでした。
人々は今も、こう語り継いでいます。
王を倒したのは反逆ではありません。
欲に溺れた王に下された、
海の底からの裁きだったのです。
伝承について
この物語は、19世紀に採集されたギリシャ民話の一型に属します。
異界の母が小人を遣わし、理不尽な王を退ける構造は、
民衆的色彩の強い説話として知られています。
採集圏は、民俗学者 ヨハン・ゲオルク・フォン・ハーン が記録した
ギリシャおよびバルカン地域の民話群と重なります。










