妖精に奪われた青年を救え ― チャイルド・バラッド『Tam Lin』の不気味で美しい伝承
タム・リンという名前を聞いたことはありませんか?
スコットランドに伝わるこの話は、単なる恋愛譚ではありません。
人をさらう妖精、命をかけた救出、変身の試練、女の強さ。
現代のファンタジーに影響を与え続ける、最も神秘的で不気味なチャイルド・バラッドのひとつです。
今回はタム・リンをご紹介します。
妖精に奪われた青年を救え
― チャイルド・バラッド『Tam Lin』の不気味で美しい伝承 ―
◆ 妖精に魅入られた森
むかしむかし、スコットランドのカーターホーの森には、こんな噂がありました。
「泉に近づくな――あそこには妖精の王国がある」
「その水をのぞいた娘は、必ず身ごもって帰ってくる」
誰もが森を避けて暮らしていましたが、ただ一人、貴族の娘ジャネットだけは違いました。
彼女は、父の制止を振り切って森に入り、泉のそばに咲く薔薇を摘んでいたのです。
そのときです。
一頭の白馬が現れ、その上に美しい青年が乗っていました。

「その花は、私の土地のものだ」
男は静かに言いました。
それが、妖精に囚われた男――**タム・リン(Tam Lin)**でした。
◆ 誘いと秘密
タム・リンは、かつてこの森で落馬した騎士であり、人間でした。
けれどそれ以来、妖精の女王に囚われ、今はその従者として仕えているのです。

「泉に来た娘たちに声をかけていたのは私だ。
でも、君には本気で惹かれた。
…ここから救い出してくれないか?」
彼は囁きました。
ジャネットは戸惑いながらも、彼を救う方法をたずねました。
「今年のハロウィンの夜、
妖精たちは“贄(にえ)”として私を地獄へ差し出すつもりだ。
それまでに私を奪い返してくれ。
馬に乗った私を見つけて、絶対に手を離さないでくれ。
私は、試される。君の腕の中で――」
◆ 満月の夜の試練
そして、ハロウィンの夜がやってきました。
月は高く昇り、森の木々は不気味な影を落としています。
風は冷たく、木の葉がざわめくたびに、何かが忍び寄ってくるような気配が漂っていました。
そのとき――
森の奥から、馬のひづめの音が響いてきました。
闇の中から現れたのは、漆黒のマントに身を包んだ騎士たちの列。
無言のまま、ひとりずつ馬に乗って進んでいきます。
その行進はまるで、地獄への行軍のようにも見えました。
ジャネットは、木陰に身を潜めながら、震える手で自分の胸を押さえていました。
鼓動が、はっきりと聞こえるほど速くなっています。
そして――
列の中に、一頭だけ白い馬に乗った騎士が見えました。
その横顔に、彼女は見覚えがありました。

「タム・リン・・・」
迷わず、ジャネットは駆け出しました。
恐怖を振り払うように、彼の馬に飛びつき、彼の体にしがみついたのです。

「絶対に、離さない――!」
その瞬間から、彼女の試練が始まりました。
なんと、彼女の腕の中で、彼の体が変わり始めたのです。
- 炎となり、彼女を焼こうとする
- 蛇となって締め上げようとする
- 熊や獣に変わって暴れまわる
けれど、彼女は決して手を離しませんでした。

やがて変身が収まり、青年の姿に戻ったタム・リンを、ジャネットはその腕の中でしっかりと抱きしめたのです。
◆ 女王の怒りと救出の果てに
その様子を見た妖精の女王は激怒しました。

「お前は一番美しい者だったのに――
なぜ人間の娘ごときに奪われねばならぬのだ!」
そう言って風のように去っていきました。
それ以降、タム・リンは二度と妖精の国に戻ることなく、
ジャネットと共に、再び人間の世界で生きていったということです。

◆ この物語の背景と意味
この『Tam Lin』は、チャイルド・バラッド No.39として知られ、13世紀ごろからスコットランドに伝わる実在の伝承です。以下のようなテーマを含み、多くの研究や物語創作の源泉ともなっています。
- 妖精にさらわれる恐怖(異界拉致)
- 境界の夜(ハロウィン)
- 女性の勇気と救出の能動性
- 変身の儀式と試練
- 人間と妖精の曖昧な境界
またこの物語は、後のファンタジー作品に多大な影響を与え、妖精に関する「誘い」「契約」「変身」などのモチーフの原点とされることも多いです。女神転生にも出てきますね。
🔖 関連情報
- 原題:Tam Lin / Thomas the Rhymer
- 地域:スコットランド(ボーダーズ地方)
- 編纂:Francis James Child『The English and Scottish Popular Ballads』
- 関連モチーフ:妖精、変身、贄、聖夜の境界、女性の強さ
余談
と、大団円なんですが・・・ちょっと待ってください。
泉の噂でヤバいのがありましたよね?
その水をのぞいた娘は、必ず身ごもって帰ってくる
これタム・リンがその・・・ねぇ・・・ヤバイですよね。
◆ タム・リンの「やばさ」3選
①「泉に来た娘に声をかけて、妊娠させていた」
→ 伝承によっては、数人の娘が身ごもって帰ったという話もあり、これは明確にタム・リンが関わっていた可能性が高いです。
- 彼自身が「泉に来た娘たちに声をかけていたのは私だ」と語っている。
- でもジャネットにだけ「本気だった」と言ってる。
👉 →つまり、妖精に仕える身として、誘惑する役割を果たしていたとも解釈できます。
妖精の“人間への誘惑”の使者という、いわば“妖精界のスカウトマン”だったわけです。
②「囚われの人」でありながら、妖精の一部になっている
→ タム・リンはかつて人間だったが、落馬したときに妖精の女王に拾われ、そのまま“従者”として使われていた存在。
- 意志を奪われたわけではないが、完全に自由でもない。
- 女王に忠実であるふりをしながら、抜け出す方法を探していた。
👉 →彼の“誘惑”もまた命令だった可能性が高い。
だからこそ、ジャネットにだけ本音を明かしたという展開になるわけです。妖精の女王もかなりのイカレ具合ですね。そもそも倫理観も違うので当たり前といえばそうですが。。。
③ ジャネットの妊娠は“愛”か“契約”か?
→ 実は、別のバージョンでは、ジャネットは既に彼の子を身ごもっていると描写されます。
これが任意なのか、妖精的な“通過儀礼”なのかは明示されません。
👉 つまり「無自覚な受胎=妖精の力 or 呪的な行為」という読み解きも可能。
境界に足を踏み入れる=不可逆的な影響を受けるという、民間信仰らしい描写でもあります。
◆ つまり、タム・リンは悪か?
いいえ。むしろ多くの解釈では、悲劇的な囚人・贄であり、
ジャネットの行動が彼を救う鍵だったとされています。
彼は“妖精の中に取り込まれてしまった人間”
彼女は“人間の愛と意志で、それを奪い返した者”
この構造が、フェミニズム的・神話的な再解釈でも評価されている点なのです。
でも・・・なんか引っかかるのは大人の穢れですかねw










