アイヌラックルの旅立ちと民との出会い|火とことばをもたらした神の使い(2/5)
神の世界カムイモシリから人間の世界アイヌモシリへ――
アイヌラックルは、神々の願いを胸に、ひとり旅立ちました。
その手には、火をともす知恵と、木の枝から道具を生み出す力。
その瞳には、人間たちの暮らしをあたたかく見つめるやさしさが宿っていました。
これは、アイヌラックルが初めて人間たちと出会い、言葉もない人々の暮らしを変えていく物語です。
■ 森のむこうに、小さな村
ある日、アイヌラックルは北の森を抜けた先に、小さな集落を見つけました。

そこには数人の家族が、木の実を拾い、川の水をすくい、
寒さにふるえながら、ほのおのない夜を耐えて暮らしていました。
人々の服は毛皮や草で編んだだけのもので、
道具もほとんどなく、食べ物もその日のうちに食べきるだけでした。
■ 火のゆらぎと、驚きの声

アイヌラックルは、そっと小枝を拾い、手のひらに石を打ちつけました。
カッ、カッ……と音がして、やがて小さな火花がこぼれ落ちます。
そして――ぱちっ、と火がつきました。
村人たちは目を見開き、息をのんで立ちすくみます。
年老いた男性が言いました。
「これは……神の炎ではないのか……?」
アイヌラックルは笑って、火を囲むようにうながしました。
そして、木の枝から槍を削り、石をくくりつけて弓をつくります。
■ はじめての「ありがとう」
それからの日々、アイヌラックルは村の人々と過ごしました。

- 魚を無駄なくおろす方法
- 焚き火で肉をやく時間の目安
- 寒さをしのぐ着方や、皮の縫い方
ひとつひとつのことに、村人たちは目を輝かせて学びました。
ある日、小さな子どもが言いました。
「……あ、りが、と……う」
それは、村で初めて交わされた言葉でした。
そしてその音は、やがて家族にも広がっていきました。
■ 神さまですか?
夜、火を囲んでいたときのこと。
しわの深い老女が、ぽつりとつぶやきました。

「……おまえは、神さまなのかい?」
その問いに、アイヌラックルは静かに首を横に振ります。
「ぼくは、人間の中のひとりです。
――でも、神さまたちから、ことづけを受けてきたのです」
その夜から、人々は彼をアイヌラックル――人間の中の男と呼ぶようになりました。








