祈りの火をもういちど|アイヌラックルと人々の再出発(4/5)
■ 忘れかけた炎
あの夜、神々の前で「人間たちには学び直す心がある」と言い切ったアイヌラックルは、
神の怒りとともに――いや、それ以上の願いを胸に、人間たちの村へと戻ってきました。

けれど、そこにあったのは――
火のまわりで笑いながら肉を焼く者。
川の魚を「今日も多くて助かるな」とぞんざいに投げる者。
鳥をしとめても、手を合わせる者はいませんでした。
かつてあれほど目を輝かせて学んだ村の人々が、
“あたりまえ”の暮らしの中で、感謝を忘れてしまっていたのです。
■ 火のまえで静かに
夜になっても村は騒がしく、
木々のざわめきや火のはぜる音よりも、人々の話し声が響いていました。

アイヌラックルは静かに焚き火の前にすわり、
何も言わず、ただ火を見つめていました。
しばらくして、小さな子どもがそっと近づいてきます。
そして、ぽつりと尋ねました。
「ねえ……なんで、火を見てるの?」
■ 目を閉じ、耳をすます
「火はね、人間が神さまから分けてもらったものなんだよ」
「だから、火を見るとね……いろんな声が聞こえてくるんだ」

アイヌラックルはそう答えて、目を閉じました。
子どももまねをして、じっと耳をすませます。
やがて、ひとり、またひとりと人々が集まり、
焚き火のまわりが静けさで満たされていきました。
誰もが、忘れていた何かを思い出そうとしているように――。
■ そして、小さな手が

火が小さくゆらめく中、
年老いた女性がそっと手を合わせ、目を閉じました。
それを見て、隣の男も、子どもも、
ひとり、またひとりと、火の前で手を合わせるのです。
言葉ではなく、心で伝える祈り。
それは、かつてアイヌラックルが神々から託された“感謝のかたち”でした。




