ラプンツェル ― 魔法のない原典に隠された“幽閉された少女”の真実
ラプンツェルは魔法の髪で王子を救う物語として知られますが、その原型は16世紀の口承伝承にあります。塔に幽閉された少女が自ら脱出を図る、人間的で現実的な民話の姿をご紹介します。
■ グリム童話になる前のラプンツェル
現在知られている『ラプンツェル』は、1812年にグリム兄弟が収録した童話集『子どもと家庭の童話』に由来します。
しかし、兄弟が参考にしたのは、16世紀イタリアの伝承「ペトロネラ(Petrosinella)」および、ドイツ・ハッセン地方に伝わっていた口承「Rapunzel」でした。
この原話では、魔法や呪文はほとんど登場せず、代わりに「家族の契約」「誘拐」「閉じ込め」という現実的な社会背景が語られます。まぁ、シンプルに監禁ですね・・・。
日本での座敷牢がニュアンス的に似ていますね(厳密には異なりますが)。
つまり、当時のイタリアやドイツの社会では「女性の純潔」「親の罪」「支配と服従」といった価値観が、塔という象徴で表現されていたのです。
では簡単にまとめたストーリーをお届けします。
■ 1. 塔の娘の誕生
むかし、ドイツのハッセン地方の村に、一組の若い夫婦が住んでいました。
長いあいだ子どもができず、ある日ようやく妻が身ごもります。
ある晩、妻は隣家の庭で見た**青々と茂る草(ラプンツェル草)**をどうしても食べたくなり、夫に頼みました。

夫は夜中にこっそり忍び込み、その草を摘みます。
しかしその庭は、近隣に恐れられていた年老いた女のものでした。
彼女は男を捕らえ、「盗みの罰として、生まれてくる子を渡せ」と告げます。
夫は恐れから、その約束を受け入れてしまいました。
■ 2. 少女、塔に幽閉される
やがて生まれた娘は「ラプンツェル」と名づけられ、約束どおり老女のもとへ連れ去られました。
老女は、村はずれの石造りの塔に少女を閉じ込めます。
扉は外から錠を下ろされ、窓だけが空に向かって開いていました。

ラプンツェルは、窓の外に広がる森と空だけが世界でした。
朝は鳥の声、夜は星のきらめき。
それだけが彼女の友だちでした。
■ 3. 塔の中で育つ少女
老女はときどき塔を訪れて食事を運び、
「外の世界は悪に満ちている」と言い聞かせました。
けれどもラプンツェルは、壁の隙間から差す光を見つめながら思いました。

「光は誰のものでもない。
私が見ているこの光も、誰かの自由と同じかもしれない」
そのころ彼女は十五歳。
髪は腰まで伸び、手先は器用で、塔の中の布を裂いて糸を紡ぎ、こっそり縄のように結び合わせていました。
■ 4. 旅の若者との出会い
ある日、森を歩いていた旅人の青年が、塔の窓からこぼれる歌声を耳にします。
それは孤独と希望を混ぜた、美しい旋律でした。
青年は塔の下から声をかけました。
「そこに誰かいるのですか?」
ラプンツェルは驚きながらも答えます。
「私はここでずっと暮らしています。外の世界を見てみたいのです」
青年は言いました。
「では、あなたを助けましょう」

二人は何日も言葉を交わし、夜ごと窓から声を届け合いました。
ラプンツェルは、少しずつ自作の布縄を長く繋ぎ合わせ、塔の壁を伝う練習を始めます。
■ 5. 塔からの脱出
満月の夜。
風が静まり、老女の姿が見えなくなったころ。
ラプンツェルは、ついに長く結び合わせた布を窓の外へ垂らしました。
月光が淡く照らす中、彼女は震える手で窓枠をつかみ、ゆっくりと外へ身体を出しました。

塔の石は冷たく、指は擦り切れました。
けれども下では、青年が両腕を広げて待っていました。
やっとのことで地面に降り立つと、
ラプンツェルは初めて土の匂いと風の冷たさを知りました。
■ 6. 新しい夜明け
二人は森を抜け、遠くの村へと歩きました。
そこには人々の笑い声とパンの香り、そして太陽のぬくもりがありました。
ラプンツェルははじめて、自分の意志で歩いていると感じました。

「私は塔を出たのではない。
私の中の“恐れ”を出たのだわ。」
この言葉が、後の世まで伝わり、
「塔を出る少女の話」――ラプンツェルとして語り継がれたのです。
■ 7. 物語が変えられていった理由
のちにこの話は民話集の中で「魔法の髪」や「魔女」「王子」といった要素が加えられ、より“物語らしい”形へ変化しました。
けれども、最初のラプンツェルは、髪ではなく知恵で塔を抜け出した少女でした。
彼女が戦ったのは魔法ではなく、支配と孤独。
勝ったのは力ではなく、希望と意志でした。
■ 失われた“社会的寓意”
如何でしたか?
ラプンツェルは後世で「魔女に閉じ込められた美しい少女」のロマンチックな物語に変わりましたが、
元の口承では、親の罪・社会の制約・女性の自由といった現実的なテーマが含まれていました。
特にドイツ語版の初期記録には、
「娘は塔から出る日を夢見て、太陽に語りかけた」
という一節があり、魔法ではなく精神的抵抗と希望が核心だったとされています。
■ まとめ:ラプンツェルとは「自分で自由を掴む少女」の象徴
| 要素 | グリム版 | 原話(口承版) |
|---|---|---|
| 塔 | 魔法で作られた孤島 | 現実的な監禁 |
| 魔女 | 超常的存在 | 年老いた女(近隣の支配者) |
| 王子 | 救出者 | 通りがかった青年(共犯) |
| 結末 | 魔法の癒し | 自力脱出・再会 |
| 主題 | ロマンチックな愛 | 社会的束縛と自立 |
ラプンツェルは、魔法の力ではなく人間の知恵と勇気で塔から抜け出した少女の物語でした。
それは「少女が自らの意思で生きる」という、当時としては非常に先進的なメッセージを持つ民話だったのです。
参考文献
- Giambattista Basile『Lo cunto de li cunti』(1634)
- Grimm, J. & W.『Kinder- und Hausmärchen』(1812)
- Uther, Hans-Jörg. ATU Type 310: The Maiden in the Tower
- Bottigheimer, Ruth. Fairy Tales: A New History (2009)









