閻魔王の鬼を買収した男――命を救った食事と、恐ろしい身代わりの話【日本霊異記】
死者を裁き、地獄へ送る閻魔大王。
その命令を受けて人間を迎えに来る鬼たちは、恐ろしい存在として知られています。
ところが、日本に古くから伝わる説話には、そんな鬼たちを食事でもてなし、地獄行きを免れた男の話が残されています。
しかも、鬼たちが求めたのは、ただの食事ではありませんでした。
さらに驚くべきことに、男が助かる代わりに、まったく別の人間が連れていかれることになったのです。
今回は、平安時代初期に成立した仏教説話集『日本霊異記』中巻第24縁に収められた、不思議で、どこか恐ろしい物語をご紹介します。
閻魔王の使いに追われた商人

今からおよそ千三百年前、聖武天皇の時代のことです。
奈良の都に、楢磐嶋(ならのいわしま)という商人が暮らしていました。
あるとき磐嶋は、大安寺から銭三十貫を借り、越前の敦賀方面へ商売に出かけました。
商売を終え、品物を船に積んで帰ろうとしたところ、突然病気になってしまいます。
磐嶋は船を残し、自分だけ馬に乗って都へ戻ることにしました。
ところが、近江国の高島郡あたりまで来たとき、後ろから三人の男が追いかけてくることに気づきます。
最初は離れていた三人でしたが、磐嶋が山城国の宇治橋に差しかかるころには、すぐそばまで迫っていました。
不審に思った磐嶋は尋ねます。
「あなた方は、いったい何者ですか」
すると、三人は恐ろしいことを告げました。
「我々は閻魔王の使いです。あなたを迎えに来ました」
三人の正体は、死者を冥界へ連れていく鬼だったのです。
磐嶋の命は、まさに尽きようとしていました。
腹をすかせた三人の鬼

しかし、磐嶋は簡単には諦めませんでした。
話をするうちに、三人の鬼が空腹であることを知ったのです。
そこで磐嶋は、持っていた干し飯を鬼たちに差し出しました。
鬼たちはそれを食べましたが、どうやらまだ満足していないようです。
さらに話を聞くと、鬼たちは牛を食べることを好むといいます。
磐嶋は、自分の家に牛がいることを伝え、食事を振る舞うと申し出ました。
そして鬼たちを自宅へ招き、望みどおりにもてなしたのです。
鬼たちは食事を受け取りました。
すると、思いがけないことを言い出します。
「あなたから食事をいただいた以上、あなたを連れていくことはできません」
なんと、閻魔王の命令を受けてやってきた鬼たちが、磐嶋を見逃そうというのです。
しかし、ここで話は終わりませんでした。
身代わりに選ばれた一人の男

鬼たちは、磐嶋を連れていかない代わりに、同じ年に生まれた別の人間を連れていくと告げました。
つまり、磐嶋の代わりに誰かが死ななければならないというのです。
そこで磐嶋は、率川神社の近くに住む占い師のことを教えました。
鬼たちは、その人物を身代わりとして連れていくことにします。
自分の命が助かると知った磐嶋は、どれほど安堵したことでしょう。
しかし、現代の私たちから見れば、なんとも恐ろしい話です。
命を救われた男がいる一方で、何の関係もない人物が、代わりに冥界へ連れていかれるのですから。
この物語は、単純な「鬼を騙して助かった話」ではありません。
自分の命を守ろうとする人間の姿と、その裏側にある残酷さまで描いているのです。
鬼たちが恐れた閻魔王の罰

さて、磐嶋を見逃すことにした鬼たちにも、困ったことがありました。
閻魔王から命じられた仕事を、勝手に変更してしまったからです。
たとえ食事を振る舞われたとしても、命令に背いた事実は消えません。
鬼たちは、自分たちが罰を受けることを恐れていました。

そこで磐嶋に、一つの願いを伝えます。
それは、『金剛般若経』を百巻分読んでほしいというものでした。
仏教の経典を読む功徳によって、鬼たちが受ける罰を軽くしてもらおうと考えたのです。
磐嶋はその願いを引き受けました。
こうして三人の鬼は、磐嶋を連れていくことなく立ち去ったのでした。
そして磐嶋は、その後も長く生き、九十歳を超えるまで生きたと伝えられています。
なぜ閻魔王の鬼は食事で買収できたのでしょうか?
この説話で興味深いのは、閻魔王の使いである鬼たちが、人間とほとんど変わらない振る舞いをしていることです。
鬼たちは空腹を感じ、食事を欲しがります。
ご馳走を受け取れば恩義を感じ、主人の命令に背けば罰を恐れます。
現代の私たちが想像する、角を生やし、金棒を振り回す恐ろしい鬼とは、少し違った姿ではないでしょうか。
実は、古代の日本では、鬼は必ずしも決まった姿をした怪物ではありませんでした。
目に見えない災厄や病、死をもたらす存在も、鬼として捉えられることがあったのです。
『日本霊異記』のこの説話に登場する鬼も、そうした古い鬼の観念と深く関わっていると考えられています。
また、病や災いをもたらす存在に食べ物を供え、その怒りを鎮めようとする信仰もありました。
磐嶋が鬼たちに食事を振る舞った行為には、こうした古代の信仰が反映されている可能性があります。
つまり、食事は単なる賄賂ではなく、死や災厄を遠ざけるための供物としても読み解けるのです。
閻魔王の鬼も仏教の功徳には逆らえない?
もう一つ注目したいのが、鬼たちが『金剛般若経』の読経を求めたことです。
『金剛般若経』は、大乗仏教の重要な経典の一つです。
この説話では、鬼たち自身も、経典を読むことで得られる功徳を頼りにしています。
閻魔王に仕える鬼であっても、仏教の教えや功徳とは無関係ではないのです。
これは『日本霊異記』という作品の性格を考えるうえでも重要です。
『日本霊異記』は、仏教の因果応報や霊験を人々に伝えるために編まれた説話集です。
不思議な出来事や恐ろしい体験を通じて、仏教の力を身近なものとして示そうとしていました。
鬼たちが自分たちの罰を軽くするために読経を求める展開にも、そのような思想が表れているのでしょう。
助かった男と、身代わりになった人間
この物語を読んで、最も心に残るのは、やはり身代わりにされた占い師の存在ではないでしょうか。
磐嶋は鬼たちをもてなし、自分の命を救いました。
しかし、その代償として、別の人間が冥界へ連れていかれることになりました。
現代の感覚では、素直に喜べる結末ではありません。
ただし、この説話を、単純に磐嶋の善悪を裁く物語として読むだけでは、見落としてしまうものがあります。
古代の人々にとって、死や病は、いつ自分の身に降りかかるか分からない恐ろしいものでした。
そして、その災厄を遠ざけるためには、神仏への祈りや供物、読経などが大きな意味を持っていたのです。
磐嶋と鬼たちの奇妙な取引には、そうした当時の人々の恐れや願いが映し出されているのかもしれません。
おわりに――千年以上前の鬼は、意外にも人間らしかった

閻魔王の使いとして人間を迎えに来た三人の鬼。
彼らは恐ろしい死の使者でありながら、空腹に負け、食事に喜び、上司の罰を恐れる存在でもありました。
一方、磐嶋もまた、自分の命を守るために必死になり、ついには他人を身代わりにしてしまいます。
鬼も人間も、どこか身勝手で、弱さを持っているように見えます。
それが、この説話の不思議な魅力なのかもしれません。
私たちが今日思い浮かべる地獄の鬼と、千年以上前の人々が語った鬼。
その姿を比べてみると、日本の地獄観や鬼のイメージが、長い時間をかけて形づくられてきたことが分かります。
そして、こうした古い物語の中には、現代にも通じる人間の恐れや欲望が、驚くほど鮮やかに残されているのです。
参考資料・出典
- 『日本霊異記』中巻第24縁「閻羅王使いの鬼、召するところの人の賂を得て免す縁」
- 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ「日本霊異記」
- 立命館父母教育後援会「『日本霊異記』の世界 Vol.12」
- 三浦佑之「オニの古代―説話・物語篇―」
※本記事の物語部分は、古典の説話をもとに、現代の読者にも読みやすいよう再構成したものです。会話や心理描写の一部には、原典の趣旨を損なわない範囲で補足表現を加えています。










