悪魔に恋した村娘 ― セルビア民話「ベスと娘」|井戸の底に消えた恋の伝承
悪魔のような恋とは言いますが、悪魔と恋に落ちる話しは古くから存在します。今回はスラヴ民話からベスと娘をご紹介します。
悪魔に恋した村娘 ― セルビア民話「ベスと娘」
1. 井戸のそばで
昔、セルビアの山あいの村に、金色の髪をした若い娘が住んでいました。
ある夏の夜、娘が井戸で水を汲もうとしたとき、
水面の下からやわらかな声が聞こえてきました。
「夜風が冷たいね、娘さん。」

驚いて顔をのぞきこむと、水面に一人の青年が映っていました。
黒い髪に白い肌、月のように光る瞳。
青年は「ベス」と名乗り、夜ごと井戸のほとりに現れるようになりました。
娘はいつしか、彼の声を待つようになります。
母が呼んでも、夜の井戸のほうを向いて微笑んでいました。
2. 秘密の求婚
ある晩、ベスは娘に言いました。
「君を愛している。
もし僕を受け入れてくれるなら、
永遠に君を守ろう。」

娘はためらいながらも頷きました。
ベスは嬉しそうに、井戸の奥から金の指輪を差し出しました。
「婚礼の日にはこの指輪をつけてきて」
と言い残し、朝日が昇る前に消えていきました。
3. 教会での婚礼
婚礼の日、村中が集まりました。
娘は白いドレスをまとい、指にはあの金の指輪をはめていました。

青年――ベス――は人間の姿で現れ、誰もがその美しさに息を呑みました。
しかし神父が十字架を掲げ、「主の御名において」と唱えたその瞬間、
青年は苦しそうに叫び、身体が黒い煙に包まれました。
「この光は……僕を焼く……!」

娘が手を伸ばす間もなく、ベスは煙となって消え、
指輪だけが床に落ちました。
4. 井戸の底から
その後、娘は誰とも言葉を交わさなくなりました。
夜になると、井戸のそばに立ち、そっと水面をのぞきこみました。
ある晩、村人たちは彼女の姿が見えないことに気づきました。
井戸をのぞくと、水面は静まり返り、
底のほうでかすかに金の光が揺れていました。

それ以来、その井戸は「悪魔の口(Đavolja Usta)」と呼ばれるようになり、
誰も近づかなくなったといいます。
5. この物語の意味
この物語は単なる怪談ではなく、信仰を離れた愛の行く末や、異界との交わりの禁忌を語る寓話とされています。

井戸は「現世と異界をつなぐ穴」として、古くから“境界”を象徴する場所でした。
娘が彼に惹かれたのは、単なる恋心ではなく――“人ならぬ世界への憧れ”もあったのかもしれませんね。地獄で身を焦がすほどの恋を堪能しながら。。。
6. 出典・参考文献
- Vuk Stefanović Karadžić, Srpske narodne pripovetke(セルビア民話集, 1853)
- Natalie Kononenko, Slavic Folklore: A Handbook (Greenwood Press, 2007)
- D. A. Leeming, Slavic Myths (Oxford University Press, 2022)
- A. J. Glinski, Polish Folktales and Folklore (Hippocrene Books, 2012)









