ドラキュラ、ロンドン上陸――ルーシーの死と吸血鬼の影【原作解説】
東欧トランシルヴァニアの古城から命からがら逃れたジョナサン・ハーカー。
一方その頃、彼の婚約者であるミナ・マリーと、親友のルーシー・ウェステンラは、何も知らぬまま、穏やかな日々を過ごしていました。
しかし――彼女たちの暮らすイングランドにも、静かに忍び寄る影がありました。
東の闇からやってきた、不死の存在が、ゆっくりとその牙を向けようとしていたのです。
ある夏の海辺にて
ミナとルーシーは、避暑のためホイットビーという海辺の町を訪れていました。ミナはジョナサンからの便りを心待ちにしながら、毎日日記をつけて過ごしていました。
ルーシーは明るく、社交的な女性です。彼女のもとには三人の男性からプロポーズが届き、その中のひとり――アーサー・ホルムウッドが、彼女の心を射止めました。
ですが、その喜びの裏で、海の向こうから忌まわしい船が近づいていたのです。
デメテル号の漂着
ある夜、激しい嵐の中、ロシア船「デメテル号」がホイットビーの岸に打ち上げられました。
奇妙なことに、船には乗組員の姿が見当たりません。操縦桿には死体が縛りつけられ、最後の船長日誌には「何か」が船内をさまよっていると記されていました。
積み荷には大量の土が詰められた木箱――そして、黒い影が海霧の中から姿を現し、町へと消えていったのです。
その夜から、ルーシーの様子が変わり始めます。
血を失う夜
ルーシーは夜になると夢遊病のようになり、眠っている間にふらりと外へ出るようになります。肌は青白くなり、日ごとに元気を失っていきました。
心配したミナは、彼女の許嫁アーサーとともに、医師ジョン・セワードに相談します。セワードはすぐさま医学の知識を駆使しますが、症状の原因はつかめません。
ついにはセワードの師であるオランダ人の学者、エイブラハム・ヴァン・ヘルシングが呼ばれます。
ヴァン・ヘルシングは、ルーシーの病を「単なる医学では説明できないもの」と直感します。そして彼女の部屋に、ニンニクの花や聖なる護符を置いて、邪悪な何かの侵入を防ごうとするのです。
ルーシーの死、そして――
努力もむなしく、ルーシーは幾度となく血を吸われ、ついに命を落としてしまいます。
人々は彼女の死を「病死」として悼みましたが、ヴァン・ヘルシングは、彼女が吸血鬼として蘇ることを恐れていました。
そして数日後、町では「夜ごと墓場をさまよう白い女の幽霊」が目撃されるようになります。幼い子どもたちが傷を負って戻ってくる事件も続きました。彼女は夜になると墓から出歩き、近所の子供たちを誘惑し、血を吸っていたのです。
それは、あの優しかったルーシーが、血を求める存在へと変わってしまった証でした。
ヴァン・ヘルシングはこの事態を確認し、「彼女の魂を救うためには肉体を浄化する必要がある」と仲間たちに説明します。
決断と別れ
ヴァン・ヘルシングはアーサーやセワードたちに真実を告げ、墓地でルーシーの魂を解放するための儀式を行います。それは胸に杭を打ち、アンデッドとしての生を終わらせること。
「彼女は誰よりも君を愛していた。君の手で、彼女を楽にしてやるのがふさわしい」
―― ヴァン・ヘルシング（原作要約）
アーサーは震える手で、ルーシーの胸に杭を打ちました。彼の目からは涙がこぼれ落ち、かつて愛した者を自ら葬るという苦しみに耐えながら、彼はその責務を果たしたのです。
ルーシーの表情は、安らかなものへと変わっていました。
こうして、ついに人々は気づき始めます。
――イギリスに、吸血鬼がやってきたということを。
そして、彼の次なる標的は――
ミナ・マリー、その人でした。
次回予告
次回の記事では、ミナに迫る影、ヴァン・ヘルシング一行の結束、そしてドラキュラ伯爵との聖なる戦いの始まりを描きます。
命と魂を懸けた闘いは、いよいよクライマックスへと向かいます。
